上流英語の将来

   上流階級英語は今、絶滅の危機に瀕していると言っても良いくらいである。2000年には女王が上流階級英語を話していない、とする分析まで発表された。また、言語学の本では、"Old-Fashoned U"という表現が用いられ、いわゆる上流階級が昔ながらの上流英語を話していないという現象を示している。たとえば、Old-Fashoned U では、humour や hotel の語頭の "h" は落ちてしまうのにたいし、現在の U では息遣いの音が聞こえるほど強烈である。むしろ、語頭の"h"の欠落は、ロンドンの労働者階級英語(コックニー)のものだという認識の方が広いくらいである。また、"l"の前に"w"の音が入る現象も今や古い現象であり、上流階級の若者にはこうした傾向はほとんどない。
   こうした現象の背後には、テレビやラジオ、そしてインターネットの普及がある。また、高いレベルの教育が上流階級の子女だけであった時代と異なり、一般に普及してきたことも要因として挙げられるだろう。いわゆる上流階級英語とは、パブリックスクールの寄宿舎で寝食を共にする子供たちの間で流通し、やがて子供たちが成長するとオックスフォード大学やケンブリッジ大学に進学し、オックスブリッジ英語として権威を得るようになった隠語的存在である。ある特定の集団内でしか通用しない言語体系だったのである。そして、その集団に属する資格や財産を持っているのが上流階級であったということにすぎない。従って、そうした集団内に身分という資格が取り払われ、奨学金によって財産という障壁が取り除かれて開放された結果、上流階級英語はそうでない階級のものと混合・融合し、階級横断的な言語へと変貌しつつある。つまりは、社会的変動の波に飲み込まれ、上流階級のみならず、上流階級英語もまた、境界線のぼやけたものになっていっている。
   ロス教授は、50年前、上流階級とそうでないものとを隔てる壁はもはや言語だけであると語ったが、21世紀を迎えた現在では、世襲制の称号を持っているかどうかだけが上流階級とそうでないものとを隔てる壁になったようである。一代限りの称号は、栄誉として広く国民に与えられるものであるため、やはり、世襲制というものが大きくクローズ・アップされてこよう。しかし、ブレア首相の貴族院改革によって政治的影響力もさらに減少しつつある世襲制の貴族たちは、社会との繋がりを急速に失い、貴族という特殊な集団内のみに存在することを放棄し、やがては一般大衆に迎合しなければならなくなることが予想される。こうした交流を通じて、上流階級英語はますます消えていくことだろう。もしかすると、もう50年も経てば、上流階級英語は現在のシェイクスピア研究のように、あるいはラテン語研究のように、『現在では使用されていない過去の言語』に区分された研究分野となっているのかもしれない。



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